小屋日記
久しぶりの歌声喫茶が終わったお昼頃に出勤するとまだその熱気が残っている。久しぶりだから疲れちゃったよと言う村住先生は本当にちょっと疲れた顔をしていた。まだ残っている人もいて、いやー本当に今日はたくさん来ましたね、それにしてもいろんな歌を歌うんですねえなどと話をしている。年末から休んでいたAさんの姿はやっぱり無いな、と思ったら台所から現れた。歌声の食器を洗ってくれていたのだ。やあやあ。いつもの日々が始まる。
今日は午後から市役所の方が経理簿をチェックしにくることになっていたので、なんとなくテーブルを整えたりしていると、最近ほぼ毎日来てくれている年配のAさんがやってきて、有村さんと意見交換をしている。程なくして、市の方もやってきた。
続いて「お昼にコーヒー飲みに行くかも!」と連絡をくれていた0さんがやってくる。きっとあのひとことを言うに違いないと待っていると、「たけちゃん珈琲一杯よろしく!」と予想通りの一言がやってきて嬉しい。旅人風なHさんもやってきて、帰ったはずの元祖Aさんも戻ってきていて次第に近況報告会へ。近況報告といっても「最近ここに行ってきたよ!」というものではない。思い通りに行くとは限らない体や心とどのように向き合っているのか、最近の向き合い方みたいなものが主だ。次第にその境界線は曖昧になり、大きな輪になっていく。年配のAさんも市役所の方も会話に入ったり入らなかったりしながら時間が進んでいく。
途中、今日ももれなく選挙の話になる。どこにいれたら良いのだろうと途方に暮れるOさん。同級生や後輩議員にいれることに決めているという年配のAさん。公共的なスペースで選挙の話ってあまりしないのかもしれないけれど、選挙の話にならないほうが難しい。だって、生存に結びついているから。そしてだいたい支持先もみんなバラバラなのもおもしろい。
夕暮れ時にはほとんどみんな帰ってしまい年配のAさんと2人になる。Aさんの呼んだタクシーがくるまで、Aさんのバックボーンなどを聞いたりする。多様な困難を抱えながら社会と繋がろうとした時に、そういう場所ってあんまりないのかもしれない。年明けに「まちづくりのことを話したいから今から行っていいですか」という電話が来た時は、どうしたものかと思ったけれど、「まちづくり」という言葉はあいさつみたいなものなのかもしれない。それならもっとテキトーに使ってみてもいいのかも。
夜はヨガ。いつもの人たちがやってくる。ハツカさんがヨガの教室をここでずっと続けてくれているおかげで、みなさんがどんどんいつもの人になってきている。ひとり人の人はいつもハーブティーを頼んでくれて、もうひとりの人はいつもクッキーを買っていってくれる。今日はひとりの人がケアとアートの講座を申し込んでくれて、もうひとりの人は現在とある企画をしてくれている。そのうちひとりの人はいつもクッキーを買ってくれる人と同一人物である。さて、いつもの人は全員で何人でしょう!?今日はそれに加えて初めての方も。最後に「どうでしたか?」と尋ねられたその人は「緊張が抜けなくて」と答えていて、「楽しかったですー」などと適当に答えない人なのだなあと印象に残る。またきてくれたらいいなあ。
さあ、今日はこのぐらいにして、2月のカレンダー、シフト、理事会の資料、ケアとアートのフライヤー、明日全部終わらせるんだ。終わらせるんだ。
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