小屋日記
冬祭り最終日。
買物公園を行き交う人の多さに驚く。
ふだんの買物公園を見て
「今はこんなになっちゃったけど、昔は違ったのよ」
と言う人はとても多い。
なるほど、昔はこういう景色が常だったのだとしたら、今の買物公園がさびしく見えるのも納得だ。
この先「日常的に」行き交う人で賑わう買物公園の姿を見る可能性はあるのだろうか。
普通に考えれば、難しいと思う。
(私自身は人が少ない買物公園も好き)
けれども、「氷彫刻を見て歩く」ことをこれだけ多くの人が楽しみにしているのなら
歩いて楽しい街にすれば、日常的に買物公園を歩く人はもっと増えそうな気がする。
今でこそ「ウォーカブルシティ」と言われるけれど
70年代に「人間解放のゾーン」「モータリゼーションとの対決」として誕生した買物公園。
当時の市長は「10年先のこと、20年先のことは未来の人が決めるべき」
とデザインの余地を残していた。
ただ、未来の人たちは「公園」としての機能を縮小させていく道を選んだ。
今こそ、公園的な機能を持った「ウォーカブルシティ」のヴィジョンを存分に描いておくことが旭川にとって大事なのではないだろうか。
まあそんな私も「車停めるところないしなー」と休日に街へ出かけることはあまりないから、
まず変えねばならないのはそんな自分自身かもしれない。
(でも、「ねばならない」で行動しても意味がないってのは
最近思うところなので方法は思案したいところ)
たくさんの人が立ち寄ってくれた今日。
まずは、開口一番「あなた、素敵だよ!」。
いつだか立ち寄ってくれたおじいさん。
その一言に、「時間」を感じる。たぶん咄嗟に出た言葉じゃなくて
何かを反芻してくれた結果の言葉なのだと思う。
冬祭りの帰りの親子。
ぶんか小屋のバッジとケイト場のバッジを買っていってくれる。
そしてさらに、お小遣いで買ったというあさっぴーのピンバッジをくれる。
実はどちらも作者が同じなんだと伝えたら驚いていた。
彼女がもう少し大きくなった時までこの場所を維持したいなとなぜかそんなことを思う。
例えば学校に行きたくないなー、なんて日があった時に
“あそこに行こう〜”とか思ってもらえたらな、とか。
お母さんが帰りがけに「やっと入れてよかった」と言う。
きっと今日まで遠くから見守ってくれていたのではないかと思う。
続いて落語の常連Tさん。
「今日やってる?」
電話が来た瞬間、絶対あの服似合う!と思い
その服を忍ばせておくと、色々試着した上でその服に決めていてニヤリとする。
そして、やっぱり、とんでもなく似合っていた。
それからKさんが「母の一周忌が終わったから」とお花を持ってきてくれる。
あとこれ。みんなにも渡しておいてもらえるかな?
と、神田明神のお守りをくれる。
ふらっと立ち寄ってくれてからのご縁を覚えていてくれること
こうやって紡いでくれること
Kさんの気遣いから学ぶことがいっぱいあるなと思う。
そんなお守りの行き先の一つであるRさんがやってくる。
Rさんは今日も人と向き合っていた。
そうまちなかぶんか小屋は、「街の保健室」とか「街の避難所」言ってもらえることが多いけれど
Rさんのお店の方が実は多様な相談が集まる場所なのだ。
みんなでRさんを支えていかねば!!!
というのは先日のケアとアートを考える連続講座でも確認したこと。
Hさん親子が来て、素敵な入れものを寄付してくれる。
ULUの布スリッパを入れるのにぴったりすぎる!
SOSマーケットの閉店間近、HさんとKちゃんがやってくる。
SMAPの話題で盛り上がっていたかと思えば、コンビニの経営事情、現代の若者像について語り合っている。
Kちゃんが言う。
「尖りすぎているものでもなく、ツルツルでもなく、でこぼこなものを作りたいんですよね」
なんか大事な目線だなあと思い慌ててメモ。
私はつい尖る方を選んじゃうけれど、地道にでこぼこの手触りを探求するKちゃんの表現を応援する場でありたいと思う。
久しぶりにやってきたMが、古着たちを見て「かわいー!」と連発してくれたのも嬉しかったし、ケアとアートを予約してくれたのはもっと嬉しかった。
他にも、三重からきた人、埼玉から来た人、遠くの国から来たという人
すがわらのラーメンを食べに来たという人たち
一度入ってみたかった!という女性たちいろんな人などなどいろんな人が立ち寄ってくれた。
売れていったのは
ボックスシルエットのキャメルのウールのコート、
キルティングのコート、
70年代のウールのセーター、
おじいさんのカーディガン、
豚の貯金箱、
ニポポ人形
絵本、
はし、
ぶんか小屋の記念誌とバッジ。
夜はデッサン教室。
いつもやってくる子どもたちはお留守番のようで
ちょっと寂しいけれども
今日もまた良い時間が流れていた。
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