小屋日記

この街に暮らしはじめて、雨には温度がいるのだと知った。
雨が屋根を打つ音がすると、ああ、春がきたなと思う。
春と呼ぶには流石に早いが、今日は雨が降っていた。
ざあざあの雨を眺めるのはいつぶりだろう。

そんな雨の中をRちゃんがやってきた。
公会堂で行われている落語会のバイトを引き受けてくれて、その合間に顔を出してくれたのだ。
Rちゃんが現れると、空気がぱっと明るくなる。
バタバタしていた私も、そういえばもう何時間も前に来て一言も喋らずに座っていたお兄さんもなんだか急に浮き浮きしている。

今宵はケアとアートを考える連続講座の3回目。舞花さんが来てくれる回だ。
来るべき人(誰?と聞かれれば、うまく説明できないのだけれど)はちゃんと来てくれるだろうか。大事なことを共有できるような時間になるだろうか。
そのための準備を、わたしは十分にやってきただろうか。

ここぞ!という大事な日は、楽しみにしすぎてしまう。
期待して、落胆する自分が怖くて、なんだかそわそわしてしまう。
Rちゃんが現れて、肩の力がホッと抜ける。

草太郎君もやってきて、みんなで設営をする。
そこに近所のお婆さんがやってくる。「缶ビールを2本売ってくれないか」と言う。
すぐ近くにセイコーマートがあるのだけど、そこまで歩くのも大変だと言う。
ちょうどビールが切れていたので、「買ってきますよ」と草太郎くんが買いに行く。
「それならひとケースちょうだい」
小屋価格とはいえ、お店で買うよりはかなり割高になってしまうけれど、それでもいいと帰っていく。
コーヒーを飲みにきていたおじさんが「僕もその気持ちわかりますよ」と言う。

元気な今はその面倒さを想像することはできない。
でも、そのちょっとが大変なのだろう。
ちょっとした買い物支援みたいなの、できたらいいよなあ。

いよいよ会場の時間。
舞花さんもやってくる。
落語のバイトに戻るRちゃんを送り出す。
本当は高校生のRちゃんにこそ今宵の講座を聞いてもらえたら最高なのにな、などと思っていると

何故か息を切らしたRちゃんが戻ってきた。

「有村さんが、舞花さんの話を聞くのはすごく大事だから行ってきていいよって!」

そうして開場がスタートする。ひとり、またひとりと人がやってくる。
あの人も、この人も、あの人も、そしてあの人も。席が埋まっていく。
うん。大丈夫だ。

そうして始まる講座。

どうして舞花さんが舞花さんになっていたのか。
なぜ、教育の現場で「抵抗」をするのか。
その中でどんな変化があったのか。
舞花さんとは何度も話をしているのにはじめて知ることがたくさんあった。

私が最も印象に残ったのは舞花さんの徹底して人を信じる姿勢だった。

後半は質疑応答というか対話の時間。
Iさんの舞花さんの変化のきっかけの質問やTさんの教育と芸術の質問があり、
またしてもAさんが「質問があります!」と手を挙げてくれて、さらに広がりを見せる。

予想外だったのは少し遅れてあすみちゃんがきてくれたこと!

(この講座の話はしていたが、時間を伝えていなかったので何時かわからなかったという。
確かにSNSでばかり宣伝していたことに気づく。ネットと使わない人もたくさんいるのに。反省。)

講座が終わった後、アーティストのMさん、あすみちゃん、舞花さん、草太郎くんが残って話を続けていた。

それを見たRちゃんが言う。

「どうして、話すんですか?」

あまりにもまっすぐな眼差しがそこにはあった。

もちろんRちゃんだって日々いろんな人と話しているはずで、
でもこの場合の「話す」はきっと少し違う意味合いだったのだと思う。

それにうまく答えられたかはわからない。
でもその「驚き」みたいな瞬間に立ち会えたこと。もう本当に、やって良かったと思った瞬間だった。舞花さんにも心からありがとうなのだ。

その後も色々と話し続け、身体性の話になっていく。自分の欲望に耳を傾けることの一つとして「からだの声をきく」ことについてみんなで話す。なんとなくこの辺りの話って、大事だと思いながらも、誰とでも共有できることなのかわらず迷いがあった。
でも、すんなりと互いの言葉が浸透しあっていて、それぞれに何かを深める実践をしてきた実感があるからこそわかりあえるところなのではないかなと感じた。

新年(17日は旧暦のお正月)が過ぎたら、あすみちゃんが色々と関わってくれる。その中で身体のこともみんなでやっていけたらそんなに嬉しいことはない。

みんなが帰った後、草太郎君と夜空を見上げしみじみする。

こうして日々は続いていくー。

やってこう。


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