小屋日記
今朝、出勤するための車を走らせていると何やら気配を感じる。
横を見ると、前職時代の上司たちが全力でこちらに手を振っていた。
前職を辞めて10年が経つが、仲良く並んだ2人の姿を見たら、急にタイムスリップしたような気持ちに。
20代半ばで急に旭川に飛ばされてきた私にとって、仕事場は長らく社会とつながるたった一つの場所だった。
介護の事業所で働いていた2人は、業種は違えど、私にとっては「かあさん」のような存在。ただし、とんでもなく強い「かあさん」たちだった。
口癖は「ダメなものはだめ」。
なぜ、ダメなのか。私はそんなかあさんたちと度々衝突した。
みんなも私のことがよく理解できなかったのだと思う。
今思えば、とんでもなく長い目で見守り、育ててもらったとわかる。
そんなことを昨日ちょうど振り返って、草太郎くんたちに話した矢先の今日。不思議な力が働いている気がした。
ぶんか小屋に来た当初は、どこかで「見返してやる」と思っていたと思う。
でも今思い出すのは、休日の少しゆったりとした事務所の空気。
セーコーマートの焼きうどんの香り。
今日はリトミックの日。
「やってみようかな、どうしようかな」というやりとりが数年続いてついにスタートしての2回目。
誰かのやりたい!がちょっとずつ形になってシェアされていく過程に立ち会えるのはぶんか小屋冥利につきる。
今日はたくさんの方が参加して、たくさん笑いが起きていた。
そんな参加者の皆さんのあいだで
「あれ、この古着、あなたに似合うんじゃない」というやりがあり、
Aさんのお母さんの手作りの服が売れていく。
わたしはAさんのお母さんが作ったという全ての服を
行くべき人にちゃんと届けるというのをミッションに加えているので
やったー!という気持ちだ。
「行くべき人」すぎて思わず写真を撮らせてもらう。
また、小柄な女性が、革ジャンを買っていってくれたのもなんか良かった。
その人の内に秘めるかっこよさが服によって引き出されるような感じがあった。
みんな帰ったあと、冨貴堂のみちよさんがきて「卵届いてるよ」と教えてくれる。
みちよさんが私をみて「元気だね」と言ってくれる。
確かにちょっと疲れというか、何も手につかない的な期間を抜けた気がする。
みちよさんは本当にエスパーみたいな人で、少しでも疲れていると肩や背中にフッと手を当ててくれるのだ。そのみちよさんが元気と言ってくれたのだから間違いない、私は元気だ。
Yさんとほんと少しだけ昨日までの日々を振り返る。
アーティスト・イン・レジデンスを一緒にやっていた時に、何度も見てきた光景。
そうだ!これがYさんなのだ!という日々で私はとても嬉しかった。アーティストの方々も好きだけど、アーティストの人に寄り添い、とんでもない力を発揮するYさんを見ていたいという気持ちが自分の中にある事に気づく。やっぱりやりたいよ。アーティスト・イン・レジデンス。
なんて日記をこまぎれて書いていたあと、なかなか出来事が起きた。
誰かを助けることの難しさを実感する出来事だった。
元気なハリは100からいっきにマイナス100ぐらいに振り切れる。
思わずぐすペリに駆け込む。
自分が困ったときに駆け込む先があるありがたさ。
夜は悶々カフェ。
めちゃ盛り上がっている!!!
この前ふらりときたあの子もいる。
のっぴきならない空気を察したYさんがやってきて一緒に作業をしてくれる。こうして何度も助けてもらってきた。いつか一緒に満月を観に連れてってくれた事を思い出す。
今日は新月だ。
“ケア”とアートなんて言ってるけどこれ、
生半可な事じゃないな
そんな現実を突きつけられる。
でも姿勢を正すチャンスをもらったのじゃないかな。
これもきっとハダスさんの魔法だね、そんなことを言って別れる。
こんな日はセネガル人の友人がくれた「大丈夫、あとでわかる」
って言葉を唱えて眠りたい。
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