小屋日記
立春。
そう呼ばれるだけあって、暖かい1日。
極寒の地に暮らすものにとって、この時期の“2℃”は緊張していた身体がふっと緩むような、ちょっとしたご褒美みたいな温度である。
今日もまたいろんな人がやってくる。
みんなで選挙に関する新聞記事を切り抜いたり
月末にイベントをしてくれる人がプロジェクターのテストをしにきたり
Nさんたちが約束していたコーラを飲みにきてくれたり
最近よく来るAさんがついに自身の企画を立ち上げ手書きのフライヤーを作っていたり
東京から友人カップルがやってきてのんびり過ごして言ったり。
そんな友人たちが春からこの街で暮らす予定で
ああこの景色が日常になるのかもしれないなと思うとワクワクせずにはいられない。
しかしどうやらキャパオーバー気味の私は頭に霧がかかっているような感じで
そんなワクワクをうまく表現することができない。
その気配が空間にも立ち込め始めている。
だからといってテキパキ掃除などできそうもない。
ポヤポヤしたまま、こればかりは参加しなければと夜の会に出席する。
どんな会かといえば、制度の狭間でめちゃくちゃ踏ん張って誰かに伴走し続ける人たちの集まりの会。
そこにはとんでもなくプロフェッショナルな仕事をしながら
「これで良かったのか」と常に迷いながら誰かと共にあろうとする人々の姿がある。
そういう人たちの言葉は面白い。面白いと言ったら語弊があるかもしれないけれど
歩いて考えて触れて悩まないと生まれてこない言葉の手触りがある。
今宵もまた一つ「支援」が届いていない領域のことを知った。
ただフツーに楽しいことをやるのも面白いけど
やっぱりやるからには何かしらの気づき、みたいなものがほいしと思ってしまう節がある。
自分自身か変わっちゃったりものの見え方が変わったり。
先日の講座でつまりそれが「アート」なのだと知った。
そしてそれはどうしたって既存の社会への「抵抗」なのだ。
そして今夜の集まりで「ケア」にはやっぱりその要素があると思う。
そんな話を来週してくれるOさんもいて、作りかけのパワポを見せてもらい
これはもういろんな人にきてもらわねば!!!となっているところ。
明日は高校生Rちゃんが店番をしてくれる日。
きっと未知なる驚きが待っていることだろう。
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