小屋日記

小屋に入ると、そこはもう立派な小劇場である。
ミヤコワスレさんの公演1日目。昼も夜もほぼ満席。
びっくりしたのは、カーテンを閉めずに行われた公演だったこと。
外を眺めればいつも以上のガラクタ達がびっしりと並んでいる。
暗転しないでのお芝居は、きっと、日常の延長的な意図があるのだろう。
そんな空気に誘われてか、昼公演の時は、本番中もふらりと人が入ってきてしまったらしい!
(私はちょうど不在)
ぎゃー!すいません!明日は張り紙を書きますねというと
「いいんですよ、それも面白くて」とおおらかなお二人。
この空間が本当にいい!
全部が手作りな感じがあって。それに床もいい。
と言ってくれて嬉しかった。
耳でだけ聞いていたお芝居はとてもよかった。
社会規範をぴょんと乗り越えたりずらしたり時にがっちりと乗りながら
生き抜く女達の姿があった。
昨日の日記にも書いたけれど
生きることと演じるのこと、日常とお芝居の「あいだ」みたいな空気が
終始流れていて、それが不思議と心地よいのだ。

その間に今日ももれなく、「これもらってー」とモノを届けてくれる人がいた。
いつもは一人で立ち寄ってくれる女性が、今日はどこかの国のお兄さんと一緒で
その人は少し戸惑いながらも荷物を運ぶのを手伝ってくれていた。
でも、その女性の名前も知らなければバックボーンも何も知らないので
いったいどういう経緯でそのお兄さんがいるのかも想像つかない。
もちろんそれで何の問題もないのだけど
私が映画監督だったらこのシーンを映画に入れたいなと思った。
何というか、何でもない日常の方にもまた
物語では削られてしまいそうな不思議な瞬間が詰まっているなあと思うのだった。

それもこれも「あいだ」のマジックにかかっているから見える景色なのかもしれない。

とはいえ、明日は、愛すべきガラクタたちをしっかり布で覆うことにしようと思う。

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