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小屋日記

風邪を引いてしまった。 なので今日は事務所で静かにしている。 草太郎くんが表で作業をしている。 いつものように次々ひとがやってくる。 旅人がやってきたり また旅人がやってきたり 近所の人が「今日も何も売ってないのかい!?」とすごい勢いで入ってきたり こっちで聞いているととても面白い。吹き大そうになること多々。 草太郎くんは、少しも相手に自分を合わせない。 自分のままで人と繋がる人だ。 なので本題に行くのが早い。 向いている。間違いなく向いている。 私よりも多分、向いている。すごい。 大事な時間が流れている。 いい場所だなあと思う。変な場所だなあと思う。 気づいたら眠っていた。 具合が悪い。 もう帰ろう。

小屋日記

​“おばあさん”という存在がとても気になるのは、自分も必ずおばあさんになるから。そして、おばあさんは、ずっとおばあさんだったわけじゃ無いから。 きょうも何人かのおばあさんがやってきた。いや、考えてみたら何十人ものおばあさんだ。そのおばあさんたちは、みんな違う。 朝、小屋の前に立っていたあのおばあさんが、実は小屋があって良かったと、救われたと話していたと又聞きで知る。 本をふらりと見に来てくれたおばあさんの鋭い眼差しからは、社会をずっと見つめてきた人なのだと感じる。鞄から覗く憲法の前文。 きょうも立ち寄る卑弥呼の生まれ変わりの人は、自分はすごいと言う話と、すごくないという話のバランスが独特だった。卑下するというのとも違う。どちらも事実を話しているだけなのだろう。 他にも、竹ちゃん!とやってくるおばあさんたちがいる。カバンを作ってくれるおばあさん。コースターを縫ってきてくれるおばあさん。必ず雑誌だけを買いに来るおばあさん。困ったら駆け込んでくるおばあさん。 かつてはこの街で遊んだり、オシャレをしたり、恋をしたり、またはしなかったり、そんなおばあさんたちの記憶はどこへ行くのだろう。この街を漂っているのだろうか。 おばあさんが、おばあさんじゃなくて良い場所であれたらいいなあとおもう。わたしも将来そんな場所を探す気がするから。

小屋日記

今日は、うめちゃんの「リーディング」なる催しからのスタート。 リーディングはタロットカードのような占いのようなもの(多分)。 道ゆく人がのぞいていたので声をかけると 「占い?私は大丈夫。卑弥呼の生まれ変わりだから。で、元々は天皇家だから。みんな私のことを皇后様って呼ぶよ」おおお。 そんな元卑弥呼の女性とうめちゃんの邂逅から始まる一日。 今日は予約が入っていないから誰も来ないかもといううめちゃんだったが びっくりするほどコンスタントに人が現れていた。 私はといえば裏の部屋で今週末美瑛で行われるイベントの打ち合わせ。 相変わらずあたふたしてしまうオンライン会議。 アートスペースについて考える催しなのだけどそこに出る人は誰も アートスペースを名乗っていなかったり、全員余所者だったりと共通点が多い。 当日はみんなといろんな話しができそうで嬉しい。 午後はアロマ喫茶。始まる前にあやさんと、ぶんか小屋は ふらりやってくる人とそうではない人の垣根がないので ちょいと難しいと話していて、まさにそんな感じで次々人がやってくる日。 コーヒー飲める?とやってきたおじいさんを「今、アロマの時間なんですよ」と 曖昧に断ってしまい怒らせてしまう。 「俺が着ている服は全部良いものだろう。残念だったな」と帰っていった。 「金ならあるんだぞ」そう言って帰っていくおじいさんの後ろ姿が切なかった。 懲りずにまた来てほしい。 そのあとは、ふらりと来た人もアロマのワークショップに参加していってくれたり 素敵な企画を持ってきてくれたりといい塩梅で進んでいた。 公民館であっても、部屋が出入り自由ということは滅多にない。 ぶんか小屋は割と常にオープンなので、道ゆく人にはその塩梅がわかるわけないよね。 その辺りをもっと親切に案内したい気持ちもあるけれど いちいち説明するのでも良いような気がする。 今日は理事会のつもりが、間違えて1ヶ月違う日を案内し、まさかの誰も来ない日。 やってしまったすぎる。明日までに送らねばならない書類を印刷して帰ろう。とほほ

小屋日記

今年度最後のKEITO場。 布を裂く人、紡ぐ人、編む人。 1年という時間を重ねる中で、もはや「毛糸」という枠は大きく超え 既存の「糸」の在り方も揺さぶり 新たな出会いを重ねながら進化を続けているKEITO場。 来年度からは月1回になるのだけど きっとまだまだ知らない「糸」たちが立ち現れるのだろうな そんな予感に満ちた日だった。 帰りがけに、旅から戻ってきたYちゃんが。 なんだかとっても晴れやかな表情をしていて こちらまで晴れやかな気持ちに。 顔を出してくれる人がいるのは嬉しい。 そういえばその流れでみんなが「約束」をしていたのだけど その時間にすごく学びがあった。 午後はザ・インターナショナル タイム。 初回は少なかったという参加者も2回目は5人と大変な盛り上がり。 将棋をしたり、折り紙をしたり、アイスを食べたり 時々英語やらドイツ語やロシア語が飛び交うなかなか新しい時間。 「来月からはザを抜いて欲しい。チャッピーもジェミニもそう言っている」 とのことで、来月からはインターナショナルタイムに。 終わった後は、先日ふらりと来た女性と久しぶりの元気なお姉さん。 どうやって過ごそうかと迷っている女性に色々と語りかけるお姉さん。 最終的には2人で、品物を並べ替えてくれている。ナイス! その間に私は密かにスマホをリセット。 なんとか新しいスマホを買わなければならない状況を回避したっぽい。 まだまだ頑張ってほしい、iphoneSE2。 今日は4月の通信とシフトと会員の皆様に送る会報を「あらかた」作って 新しく会員になってくれた方々に会員証を送るための宛名書きをしたりした。 これから理事会の資料作り。 小さい考えたいことがいっぱいあるのに、なかなか「考える」ができていない。 例えばこの日記も、更新したことを伝えるべきかどうか。 わざわざストーリーに載せるのも誰かの一瞬の時間を使うと思うと悩むけれど 更新しなければ誰にも知られないままになってしまう。みたいな小さいことたくさん。 小さい考えたいことリストを作っておけば良いのかな。

小屋日記

春分マーケットからの居酒屋タロ そして土曜日は「わたしのからだ展」を札幌へ観に行って 日曜日の「黒川の女たち」上映会とバタバタと過ぎていった週末。 日常の小さな出来事はその日のうちにメモをしておかないと忘れてしまうなあ。 春分マーケットでも覚えておきたいような 小さな断片がたくさんあったのに今となってはほとんど思い出せない。 そして前述した「世界99」を読みながらの日々であったので記憶を辿ろうとすると どこまでが日常でどこまでが物語なのかかなり曖昧になってしまっている。 しかし「世界99」を読み、「わたしのからだ展」に行き、 「黒川の女たち」を観るという流れ それぞれが響き合うには十分過ぎる流れであった。 これについては時間をかけてどこかに書いておきたい。 それはそうと、気がつけば「戦争反対」と言いにくい社会になっている。 言葉って、そこに何かを宿らせないとどんどん「空虚」になっていくものだと思う。 空虚にさせられちゃうというか。 それに対抗するのは具体的な歴史を、誰かの顔を、生を知ること。 事実でも、物語でも。 ぼーっとしていたらどんどん空虚にさせられていく「言葉」を手放さない。 それはこれからの時代さらに大事になっていくと思う。

小屋日記

やっとのやっと。 新しい会場利用料をSNSやWebサイトにアップした。 かなり不安なところだったので、それを終えて力が抜ける。 みんなはこのところのぶんか小屋をどう思っているのだろう。 なにか、大事なものを忘れてしまっている、、、 そう感じている人も多いのではないか。 この半年くらい、特に1月に入ってからはがむしゃらに走ってきた。 必死な時って目の前しか見えない。 何かを見落としていないはずがないのだ。 どこかで目を上げよう、そんな風に思っているけれど、なかなか来ない。その日。 360℃。遠くまで見渡したい。 すこーんって抜けた景色が見たい。 でも年末に必死に書いた未来図のようなものを大事に持って考えてくれている人がいる。 違う方向に走って行きそうになると、「ブレてますよ!」と注意してくれる人がいる。 それが本当に、ありがたく、ありがたい。 今日は嬉しいことがいっぱいあった。 ひとつはとあるプロジェクトのようなものが動きそうなこと。 もしそれに取り組むことができたらぶんか小屋にとっては新しい挑戦になる。 もう少し詰めて考えなくては。 ふたつめは、ついに友人たちが旭川に引っ越してきたこと。 ひとりは高校も大学も数々のアルバイトも一緒だった人。 2人とこれからの日々を作っていける喜びったらない。 3つめは、昨日用事があって電話をかけたら「出張中です」 とのことで折り返しの電話を待っていたその団体の方々がふらりと立ち寄ってくれたこと。 そこにいた小さな子が「泥流地帯」を買って行き、帰りに「続・泥流地帯」を買って行ったこと。人が本に出会う瞬間を見た気がした。 また最近よくきてくれる方々が、会員になったり、ドリンクチケットを買ったりしてくれたこと。 そうやって仲間になってくれる人が増えるたびに、脳内の曼荼羅に描かれる人の数が増えていく。早く曼荼羅を具現化して、どこかに貼っておきたい。といつも思うのだけど、なかなかその作業に取り掛かれていない。 曼荼羅とは。 それはつまりヨシカさんが描いてくれた「組織図」に、人を描きこんていくということなのかもしれない。

小屋日記

週末に札幌の SCARTSで行われる「わたしのからだー身体のつながりを取り戻すー」展に行こうと思っていて、その前にずっと読もうと思っていた『私の身体を生きる』(文藝春秋)を読んだのが先週のこと。 17人の作家による自身の身体をめぐるエッセイ集。どれも良かったのだけど、村田沙耶香さんの文章がもうぴかぴかに光っていて、『コンビニ人間』を読もうと思って積読していることを思い出しながらも書店に走ってそこに積まれていた『世界99』の上巻を買った。 これがもう凄まじい。閉ざしていた自分の感覚がどんどん開いていく。 痛みが、襲ってくる。 これを読むまで、「わたしのからだ」を取り戻すって、なんとなく解放されるような・祝福に満ちたようなイメージでいたけれど、もしかするとそれは自身の痛みや傷に気がつくことで、それは他者の痛みや世界で起きている理不尽が今より見えるようになることなのではないか。 フェミニズムに関する本を少しは読んできたし、そういう言説に触れてきた気がしていたけれど、それを自分が語ろうとするといつも「借りてきた言葉」のようになってしまうことが自分でとても気になっていた。 ついに私は「フェミニズム」に出会ったのかもしれない。 そんな日に届くニュース。 「赤ちゃんの遺体遺棄か。女子中学生(15)逮捕」。 その前にできることがどれだけあっただろう。大人がやらなきゃいけないことが、社会がやらなきゃいけないことがどれだけあっただろう。 出勤は昼からだけど、たくさんの領収書をエクセルに打ち込むために出勤をする。 草太郎くんが古本のアカウントで勧めていたpodcastを聴く。 写真家・田附勝さんと志賀理江子さんによるトークの回だ。 ここでもやはり「手を動かすこと」について語られている。手芸の話。 私も去年は結構手芸をしていたが、1回Instagramに載せたらなんだか魔法が解けたみたいにやらなくなってしまった。でもあの時間を思い出すとやはりやりたいな、と思う。 後半の「写真」をどう捉えているか的なくだりを聞きながら 私にとってはぶんか小屋の運営そのものが「儀式」みたいなところがあるなあと思う。 予期せぬ出来事をいつも待っているし、そのための準備をいつもしている。 しかし私はどうしてこんな風に考えるのだろう。 アキさんから届いていたグループLINEの文面を思い出し、返信をしてみる。 それは...

小屋日記

​個人のInstagramのアカウントを持っているのだけど、 どうにも評判が良くなくて更新をやめることにした。 評判の悪いというとあれだけど、なんだか誤解を発生させる装置のようになってしまうきらいがあって 文字よりも写真で空気や情動を伝えるメディアを操る技量が自分には無いのだと諦めるに至った。 でも時々、ふとストーリーを更新したい瞬間がある。 面白い景色を見つけた時とか 良い一文に出会った時とか。 しかしそういう類なら友人にLINEをすれば良い訳で。 そうじゃなくて、“自分には価値があります”と 伝えたくなる瞬間があるのです。 そんな気持ちを、ぐっと飲み込む。 すごいでしょ! みたいな事とは少し違う。 わたしは、あなたにとって、とか あなたたちにとって 価値のある人間です だからどうか忘れないで、、 に近いのかもしれない。 この感覚ってなんだろうな 思う。 ずっと忘れられないエッセイがある。 松本麻里さんの 『百億の「断食芸人」』というもの。 『現代思想』という雑誌に寄せられていたもので、あの頃はまだInstagramは存在していなかった。 みんなが自らじぶんの成績表を公開する。 わたしを評価してください、と。 そんな人々の姿を「断食芸人」と重ねた文章だったと思う。 いよいよ国家情報局が置かれるかもというニュース。 私は80年代生まれなので、スパイ防止法が成立しなかった時の空気をほんの少しだけ覚えている。 完全に一緒ではないものの 監視する仕組みが強化されることは間違いない。 考えてみたら80年代とは違って 誰もが自ら情報を差し出している。 どんな時代になっていくのだろうか、、、。 きょうは空間を考える第三弾。 もうこのメンバーが出会って仲良くなったらそれで良いんじゃないかな!と思ったりする。 根っからの媒介者気質。 具体的に物事をすすめるのは大の苦手。 でもなんか始まりそうなメンバー! こういう未知なる予感ほど楽しいことはないですね。 ほぼ眠りながら書く日記。

小屋日記

​イナズマ句会が終わるのを立ち読みして待つ人。 いつだか立ち寄ってくれた古物商の人。 “大便していいですかー!”とトイレに走って行く人。 買った本を向かいのカフェで読みはじめたら読んだことある本だと気づいて本を交換しに来た人。 仕事をしに来た人。 携帯電話がつかないからみて欲しいの、と充電が切れたガラケーを持ってくる人。 そして3回目の居酒屋タロ。 1回目と2回目もまるで違って驚いたが 3回目もまたぜんぜん違う時間が流れていた。 どんな音楽が好きか、とか BLの話とか そこから、もし、なんでも自由に選択できたらどんなふうに生きたいか 最終的には女の生き方について。

小屋日記

 「よくわからない場所が大事だってことを書きたいのだけど それだと伝わらないから難しい」 記者さんが頭を悩ませている。 そう、これまでも記者さんの悩む姿を幾度も見てきた。 いったいどのように書けばこの場所のことを伝えられるのか。 わたしもアドバイスしてあげたいもののどうすることもできない。 端的にわかりやすく伝えることを宿命とするメディアと なんだか言葉になりそうなならなそうなよくわからない場所の相性は なかなか微妙なようだ。 しかし、そうやってこれまでに記者さんが作ってくれた報道も新聞記事も わたしにとっては宝物だ。 今回はどんな記事になるのだろうー。 それにしても自分の語りがすこしも上手くならないことが 今日はいつにも増して申し訳なかった。 記者さんがせっかく要点をまとめてくれそうになるたびに 「違う一面もあるのです」と混乱させてしまう。 きっと「物語にしてはならぬ」という気持ちが働いているのだろう。 言葉というのは怖い。 うっかりすれば誰かの人生を「物語」にしかねない。 そもそも「ものがたり」の由来を辿れは 「もの」というのは不思議な力を持つものや霊的なもの 世間と大きく離れたものなどを指す言葉だったという。 もののけ、とかもののあわれとか。 そう考えると、物語って出来事をきれいに並べるというより 説明できない何かを説明しようという営みだったのかもしれない。 むしろ物語ってみる。 そういうターンに来ているのかも。

小屋日記

遠くの街からハガキが届く。 もう暖かくなってタンポポが咲いたこと でもまた寒くなったこと 手を動かして思考することのだいじさ みたいなものが書かれていた。 誰かに押し付けるわけではない 静かに背中を押すような軽やかな文面に痺れる。 手を使って、身体を使って思考すること。 それはわたしが長年憧れているけれど もやは苦手意識に変わりつつあるもの。 何しろ「暮らす」こと一つとっても、 全然うまくいなかないからだ。 ご飯を作る、掃除をする、服を整理する そういった日常の動作は元々混乱しがちな私の脳をさらにややこしくする。 できうる限り身体を動かさずに過ごしたい。 身体を使って考えることの大事さを考える時 いつも思い出すのは安田登さんの「あわいの力」という本。 そこには「心」という概念が生まれる前の感覚について書かれている。 そこに登場する「か身交ふ」という言葉。 人の体を通して世界と交わるようなそういう身体感覚の存在。 確かにそういうものは存在すると思う。 そういうものに憧れると つい、山登りだ!とかランニングだ!ダンスでも習うか? と一足飛びにやろうとしてしまうけれど たぶんそうじゃない。 きょうは昼に「摂食障害のあなたとお茶会」があり 夜はゆる体操。 どちらも身体にまつわる言葉がたくさん飛び交っていた。 ままならない身体をどう受け止めてどう過ごしていくか。 それはわたしだけじゃなくみんなが抱えるテーマなのだよな。 そういえばゆる体操を始めてから 少しだけ自分が変わり始めていることに気づく。 胃腸の調子が良い、というのが一番の違いなのだけど 自分の「軸」みたいなものがちょっと見えてきた気がする。 他者に合わせて見えなくなっているものなど 自分はそんなに無いはずだと思ってきたけれど 好きな音楽とか服とか気がつけば誰かの眼差しを内包している。 そういうものが少しずつ解けてきているような気がする。 何を食べたいとか、 どんな服を着たいとか ああこの写真素敵だなあとか 心がうごく瞬間が増えている。 身体をゆるめることで感じられる まだ見ぬ境地があるのだとしたら それはとても楽しみなことだ。 そしてそれは4月から始まるあれこれにもつながる。 面白くなりそうだ。

小屋日記

これはどうやら風邪の引き始めのようだ そんな今日は家で大人しくしていることにしよう 3.11前夜ということもあり 何かまつわる本でも読もうと 赤坂憲雄さんの「災間に生かされて」を読み返す。 この本は、白老で本屋さんを営むはねちゃんが 「タケさんが持っているのが良い気がして」と 以前送ってくれたもの。 今日序章を読んで改めて発見があった。 私たち災害の後の日々を生きているのではなく 災害と災害の「間」を生きているのではないか。 赤坂さんが「災間」という言葉に出会ったのは 仁平典宏さんの「<災間>の思考」によってだったと書かれていた。 わたしはその名前に見覚えがあった。 地元である中野区に暮らしていた頃 路上生活者の支援グループに参加していた。 毎週木曜日の夜に、中野駅周辺をまわって おにぎりやホッカイロを渡して歩くというもの。 そこにいたのが仁平さんだった。 おっちゃんたちの間で調整役のような感じで 柔軟に動いてるお兄さんだった。 「社会福祉士をとったらいいんじゃない?」と 勧めてくれその人が仁平さんだったことを今日まですっかり忘れていた。 本書の中で仁平さんが 「災間の時代に求められているのは、弱者を基準として、社会的に多様な<溜め>や<遊び>を用意することだ」と語っていたことが紹介されている。 「溜め」という言葉は、反貧困の最前線に立っていた湯浅誠さんが 自己責任論の対極の価値観として「<溜め>のある社会を作る」と掲げていたもので 溜め池のように、安心感だったり繋がりだったりが担保されていないと 人は立ち上がることができないというようなニュアンスがある。 社会的に多様な<溜め>や<遊び>を用意すること。 その言葉は自然と今の自分にもつながっている。 そんなはじまりから、赤坂憲雄さんがいろんな思考や出来事のあいだを 行きつ戻りつしながら思考をしていく過程が丁寧に書かれている。 ですます調で書かれた文章は、エッセイとも論考とも違って 独り言のような、手紙のような空気を纏っている。 最後は、定住から「遊動」という生き方へと関心を寄せていく。 どうして人は逃げてはいけないのかという問いから始まり その一つの答えとしての遊動。 そういえばアジールという言葉に出会ったのは 赤坂憲雄さんの「排除の現象学」ではなかったか。 路上生活者の人の呼び名が各地でいろいろあることもその時に...

小屋日記

楽屋と呼ばれる場所が、実は台所で、さらには物置のような場所だということは 小屋に立ち寄ったことがある人なら薄々気づいているだろう。 そこに足を踏み入れた多くの人が必ず 「おばあちゃんちみたい!」と言うその場所。 不思議と「おじいちゃんちみたい」と言った人を聞いたことがないのは おじいちゃんが住んでいたとしても 「おばあちゃんち」と呼ばれることが多いということなのか そこが台所ということに起因しているからなのかはわからない。 そういえばいつだか実際にそこが「おばあちゃんちだった」という人がやってきて 「懐かしいなあ!ここで年越しをしていました」と、 台所の奥の小上がりみたいになっているところを指差していった。 その小上がりみたいな場所にいただいた古着や古本を保管しているのだけど 足の踏み場がないとはまさにこのこと!という状況になって久しい。 休館日の今日、ついに小上がりの掃除に着手した。 立ち向かったのは3人。草太郎くんとRちゃんとわたし。 ひたすらに古着を運び出しては仕分けをし いらないモノたちをご自由にどうぞへ置き 古い書類を処分し 仕分けた古着を戻す、などをした。 途中ヨシカさんもやってきて 明日のケイト場で「糸」にするための段取りの確認をするついでに ペイントバーで作ったモノたちを祀ったり 奥の部屋の片付けを手伝ってくれたり。 最後の方はもう集中力が切れていた私だけど 草太郎くんとRちゃんの粘り強い頑張りにより ついに奥の部屋の「床」が現れすっきりと整頓された。 綺麗になった!という私とRちゃんの言葉を遮るように 草太郎くんは「元に戻っただけです」と何度も言っていた。 きっと「こんなんで喜んでたらまたすぐに元通りになるぞ」 という戒めのような意味合いを含んでいるのだろう。 でも実際に、綺麗になった奥の部屋は本当に気持ちよくて 台所に入るたびに「わあ!」と声をあげてしまう。 綺麗になるって嬉しいことだなあ。 いつかもっと綺麗になったら、小上がりでご飯でも囲んでみたい。 発掘したちゃぶ台はその日までとっておこう。

小屋日記

小屋に入ると、そこはもう立派な小劇場である。 ミヤコワスレさんの公演1日目。昼も夜もほぼ満席。 びっくりしたのは、カーテンを閉めずに行われた公演だったこと。 外を眺めればいつも以上のガラクタ達がびっしりと並んでいる。 暗転しないでのお芝居は、きっと、日常の延長的な意図があるのだろう。 そんな空気に誘われてか、昼公演の時は、本番中もふらりと人が入ってきてしまったらしい! (私はちょうど不在) ぎゃー!すいません!明日は張り紙を書きますねというと 「いいんですよ、それも面白くて」とおおらかなお二人。 この空間が本当にいい! 全部が手作りな感じがあって。それに床もいい。 と言ってくれて嬉しかった。 耳でだけ聞いていたお芝居はとてもよかった。 社会規範をぴょんと乗り越えたりずらしたり時にがっちりと乗りながら 生き抜く女達の姿があった。 昨日の日記にも書いたけれど 生きることと演じるのこと、日常とお芝居の「あいだ」みたいな空気が 終始流れていて、それが不思議と心地よいのだ。 その間に今日ももれなく、「これもらってー」とモノを届けてくれる人がいた。 いつもは一人で立ち寄ってくれる女性が、今日はどこかの国のお兄さんと一緒で その人は少し戸惑いながらも荷物を運ぶのを手伝ってくれていた。 でも、その女性の名前も知らなければバックボーンも何も知らないので いったいどういう経緯でそのお兄さんがいるのかも想像つかない。 もちろんそれで何の問題もないのだけど 私が映画監督だったらこのシーンを映画に入れたいなと思った。 何というか、何でもない日常の方にもまた 物語では削られてしまいそうな不思議な瞬間が詰まっているなあと思うのだった。 それもこれも「あいだ」のマジックにかかっているから見える景色なのかもしれない。 とはいえ、明日は、愛すべきガラクタたちをしっかり布で覆うことにしようと思う。

小屋日記

週末の演劇公演の仕込みのため、貸切の1日。 朝からシャッターを閉めて作業をしていると、次々と人がやってくる。 「今日シャッター閉まってるけど、どうしたの!?」 「ビール飲もうと思ったのだけど」 「珈琲一杯飲みたかったけど今日はダメだね」 ドアを開けていればいつもの光景なのだけど いざシャッターを閉めてみると、ふらりと立ち寄ってくれる人の多さに驚く。 いや、むしろ、シャッターを閉めていることにより 気になり立ち寄る人の数が増えているということなのだろうか。 久しぶりに「劇場」として使われるぶんか小屋。 小屋という名前がついているだけあって 当初は小劇場のような場所を目指していたが 劇場としては狭すぎて気がつけば他の催しの方が圧倒的に多くなっている。 発声練習の声が響いたり、セリフの断片が行き交っていたり。 会話をしているのか、セリフを言っているのか 事務所に座って作業をしていると判別がつきにくい。 ときどき、セリフと実際の会話の間のようなやりとりが交わされていて 人と人の間に発生する関係性みたいなものを遊ぶというか試すというか いくつものバリエーションを持っている感じが 「ああ!演劇の人たちだなあ」という感じがする。 夕方からは人がいっぱいやってきてテキパキと平台が運ばれていく。 「なぐり持ってきたよー」という会話を聞いて そうそう金槌を「なぐり」と呼ぶことを知った時 演劇のことを知れたような気がして嬉しかったことを思い出す。 演劇の人たちの、演劇に向かう姿勢とか空気みたいなものは バンドのそれとかとはまた全然違っている。というか全く違う。 自分たちの今ここも含めて俯瞰しながら動いていくというか。 「演じる」をしているから、多分、なんでもない日常の中のやり取りも また演劇的である、、、的な感覚なのかなと思う。 まあもちろん、バンドにも色々あるように演劇にもいろいろあるわけで ひとまとめにすることほど無粋なことはないのでここら辺にしておこう。 でも「演じる」をするってことをもう少し考えてみたくなった。 私はあの空気がとても好きだから。

小屋日記

「ラジオやってくださいよ! 札幌でもタケダさんの声聴きたいから」 とRちゃんが言ってくれたこと。 「味噌汁作ったけど、食べるすか」 と草太郎くんのつくったお味噌汁を阿部さんと3人で食べた事。 新聞記者さんが、丁寧に取材をしてくれたこと。 急に思い立ち、草太郎くんと有村さんと3人で写真を撮ったらとんでもなく斜めなショットになったこと。 もうすぐ東京に行っちゃう青年と、札幌から戻ってきた人がふたりがはじめて会うも、互いの名前だけは知っていたこと。 ずっとやり方がわからず提出していなかった書類が、草太郎くんの粘り強い努力で出来上がった事。 会員とシンカブルの募集をスタートできたこと。 とある出来事の経緯を関係者の方とゆっくり話せた事。 久しぶりに食べた七福のお弁当が美味しかったこと。唐揚げの安定感。 大家さんとのやりとりから、急に未来が不安になったこと。 やりたいことないんですか?と聞かれて、話してたら、あったこと。 ヨシカさんが、何かを決意して帰っていったこと。 何年もぶんか小屋の前を通っている人が初めて文庫本を買っていってくれた瞬間を目撃したこと。 ヨガのメンバーがささっとノートに犬と猫を描いていたこと。 きのうときょうのこと。

小屋日記

アメリカとイスラエルによるイラン空爆のニュース。 小さな子どもたちが、たくさん亡くなったらしい。 そんなニュースに触れる朝。 「ああ、またか」と思う。 なんでもない日常を送るにはあまりにも重い出来事。 でも、わたしはもうそんな出来事についての言葉を 持っていないような気がしてしまう。 言葉はすっかりすり減ってしまった。 世界が大きく変わっていくにつれ 自分の言葉が無力だと感じることが増えた。 むしろ、その言葉によって距離や誤解も生まれ 世界について書いたり考えることが以前よりも怖く感じてしまう。 だけどやっぱり、誰かの未来が奪われてしまうことは悲しい。 やめてほしいと心から思う。 そんな今日は、一度暖かくなってしまった日々から見たら 雪の入り混じった冷たい風の吹く日。 ほとんど歩いているひとはいない。 それでも誰か立ち寄ってくれるのはわかっている。 ハンガーラックを運び、一つひとつ服をハンガーにかけていく。 そして気づく。 こりゃ間に合わないぞ。 いつものパターンだ。 ドタバタしながらシャッターを開けると店の前をKさんが歩いていた。 雑然とした店内に驚きながらも何かを察して片付けを開始するKさん。 そこにいつものお客さんが到着。 気がつけば2人で「あら、いい感じね」と、アクセサリーを並べていくれている。 そこにちょっといかつめの雰囲気の若者が加わる。 3人の努力によりこんがらがっていたアクセサリーたちがキレイに並べられている。 今日のSOSマーケットは、いつにも増して SOSの声に答えなければ!と思って立ち寄ってくれた方が多かったように思う。 何か欲しいものがあるというよりも 何か協力できることはないかなという感じでみなさんいろんなものを見つけてくれていた。 これは市場なのだろうか、互酬なのだろうか、と 先日のアキさんの講座を思い出して考えたりする。 思いがけず誕生したカウンターも意外と好評で 閉店まで満席だった。 そんな様子をHさんが撮影してくれて 「カウンター、けっこういいかも!」と スタッフラインに報告してみたりしたのでした。 夜は来週末に講演を控えるミヤコワスレさんの練習。 お二人の佇まいが美しい。 これはきっと良い公演に違いない。 聞こえてくる会話のトーンもなんだか良い。 これは観たいぞ。 そして、ぶんか小屋の楽屋(物置き)にドン引きせずに 小道具を探して...